歌舞伎役者をなぜ、「中村屋!」などと屋号で呼ぶのか?

歌舞伎に詳しい人なら、市川団十郎成田屋尾上菊五郎なら音羽屋、中村歌右衛門なら成駒屋中村勘三郎なら中村屋市川猿之助なら澤瀉屋というように、役者の名を言わず屋号で呼びます、

屋号とは店の名前のこと。

歌舞伎役者は別に店を構えているわけではないのに、どうして屋号など持っているのでしょうか。

実は、この屋号は、役者が蔑まれ人並みの扱いをされなかった身分から、普通の人に這いあがるまでの、血と涙の結晶なのです。

人として扱われなかった時代の役者たちは、定住する場所もありませんでした。

河川敷などに建てられた芝居小屋の近くに小屋をつくり、ずっと惨めな暮らしをしていたのです。

ところが江戸時代になると、続々と名優が誕生。

その名演技が芝居への関心を高めるとともに、しだいに尊敬されるようになっていくのです。

そして、やがては身分が認められ、人並みの場所に住めるようになり、表通りに移り始めました。

ところがその頃は、表通りには商家しか建てられない規則があったのです。

どこで彼らは一計を案じます。

表向きは商家として、小間物屋などの看板を掲げた家を建てました。

その時の屋号が、今も使われているということです。

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