日本に箸が普及したのは聖徳太子の面子のため
箸は中国から伝わったもので、日本で一般的に使われるようになったのは八世紀、奈良時代からです。
それまでの日本人の食事作法はというと、柏とか椎の葉などに盛ったものを手づかみで食べていたといいます。
実は箸が普及した背景には、聖徳太子の苦労が隠されていました。
時は、七世紀のはじめ。
すでに中国から伝わってきているものの、面倒臭い箸など使って食事する人など、ほとんどいませんでした。
しかし、国際感覚豊かな太子には、それがじれったくてなりません。
手づかみよりも箸を使うほうが明らかに文化的だし、上品で衛生的です。
それに、中国(隋)に対する面子もあります。
太子は一所懸命に箸をPRするのだけれど、なかなか広まりません。
そんなときに、小野妹子ら第一回遣隋使への答礼の使節団が中国からやってくることになりました。
太子は超大国・隋の皇帝への親書に「日いずる国の・・・」と堂々と記するほど、面子を重んじる人です。
隋の使節団に対して「何だ、でかいことを言ってきたが、箸も使っていないような野蛮国じゃないか」などど思われたくない気持ちがあったのではないでしょうか。
そこで、言ってもダメならやらせてみるしかないとばかり、使節団の歓迎会の出席者に対して、料理はすべて箸を使うものにすると決めたのです。
最初は反対もあったでしょう。
しかし、太子は根気強く「隋ではそれが当たり前。そんな連中に手づかみを見せるなんてみっともないでしょう。」と説き続けました。
それが功を奏して、当日の宴では、出席者全員がきちんと箸を使ったそうです。
しかし、隋の使節団は庶民の様子にも目を向けていて、その見聞記「隋書倭国伝」には「手をもってこれを食らう」と書かれてしまったそうです。